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そのままのあなたで尊い

 

私たちは他人と比べてでしか「自分」が見えないものです。そして、その中で自分が「どのような人間か」を形作るわけですが、そうするとどうしても優劣・上下・善し悪しにとらわれてしまいます。ともすれば妬み嫉みが生まれ、知らず知らずの内に自分で自分を苦しめてしまいます。

今、社会で言われている「平等」とは、皆が一律に同じく在ろうという方向を示しています。しかし、「全てが同じ様に」というのは成り立たないものです。我慢を強いられる人、頑張りを求められる人。或いは「皆が出来ているからこれぐらいは出来なければいけない」と。また「皆がそうしているからそうでなければならない」と。自分が失われ生き方が見えなくなります。

本来、平等とは「違いを認め合うこと」です。人は姿形も違いますし性別にかかわらず得手不得手があります。蔑み出来ないことを責め合うのではなく、支え合う中で「いのち」の上に平等の世界が開かれていくのです。

私たちは、不安や悩みをもっていて当たり前の存在です。だからこそ救われていく存在として、そのままの私が認められる生き方が確かにあるのです。